中国マーケティングラボ

中国「独身の日」セールに潜む数字のマジック。日本商品は本当に人気なのか?【中国マーケット点描】

元中国国立大学日本語教師の翻訳ニュースライター 浦上早苗さんが、
中国消費者のリアルから中国マーケットの今を浮き彫りにする
【中国マーケット点描】

アリババが始めた11月11日の「独身の日」セールは、他のECサイトにも広がり、今や中国ネットショッピング界の一大イベントとなっています。日本のニュースではW11での日本製品人気が報じられていますが、実際はどうなのでしょう?

浦上さんが今年のW11を取材する中で見た「独身の日セール」のリアルをご紹介します。

 

今年のW11では、中国人KOLによるライブ配信後に日本メディアによる囲み取材が行われた

今年のW11では、中国人KOLによるライブ配信後に日本メディアによる囲み取材が行われた

 

今年の独身の日(11月11日)のセールで、アリババグループのECサイトの取引額は過去最高の2135億元(約3兆4000億円)に達した。業界2位の京東商城(JD.com)など他のECサイトもセールを展開しており、中国商務部は11月15日、今年の独身の日セール期間(11月1~11日)の中国のネットショッピング取引額が前年比27%増の3000億元(約5兆円)を超えたと発表した。
 
 

■日本で急速に関心高まる

 
今年の注目点は?と聞かれたとき、私は「オンラインとオフラインが融合した新小売りの全面展開」と、「拼多多など新興EC企業の急成長」の2点を挙げてきた。だが個人的に最もインパクトを受けたのは「日本のマスコミの関心の強さ」だった。
 
中国では、独身の日は5年前には既に国民的イベントだった。プロモーションは年々派手になってはいるものの、取引高が過去最高を更新し続け、「開始1分で取引額●●元」「午後●時に昨年の売上高を超えた」というような騒ぎ方自体はここしばらく変わらない。だから、ECサイト側も中国メディア側も、新たな切り口の創出と話題作りに毎年苦心している。
 
日本のマスコミが独身の日を報じるようになったのは、取引額が日本円にして2兆円を突破した2年前からだ。知り合いの日経新聞記者は「自分たちがかなり煽って日本でも注目されるようになった」と話していたが、それも誇張とは言えない。中国を生業とする日本人ライターが、「独身の日だから何か書かないといけない」と義務感を覚えるようになったのは(笑)、この1、2年のことだろう。
 
そして今年は、新聞、テレビなど大手マスコミは数字を報じるだけでなく、独身の日に関する何らかの特集を組んだ。とはいえ、売り手も買い手も身近にはないので、日本国内では数少ない「現場」となった、中国向け越境ECを手掛けるインアゴーラのイベントには、全キー局が取材に詰めかけた。 日本商品に特化した越境EC企業インアゴーラは、独身の日に合わせ、さまざまなキャンペーンを展開。11月2日以降、自社倉庫や東京にある本社で、中国人KOL(SNSでフォロワーを多く持つインフルエンサー)のライブ配信を実施し、日本商品をアピールした。
 
私は初日の2日に取材に行ったが、日経新聞、NHK、テレビ東京、通販新聞が来訪しており、かつてない取材熱に驚きを覚えたのだった。

 

日本メーカーの「お香」を宣伝する人気KOLのBennyさん

日本メーカーの「お香」を宣伝する人気KOLのBennyさん

 
 

■日本商品はどの程度人気なのか?

 
ついでに言えば、私は11日から全くの別件で中国に行っていたのだが、それを言うとかなりの確率で、「アリババの取材ですか」と聞かれた。そして中国出張の荷造りの最中、今度は東京のラジオ局から「独身の日」に関する取材依頼メールが入った。 私が受けたインタビューでも、インアゴーラのライブ配信の現場でも、日本のマスコミの質問はだいたい同じだった。典型的な質問の一つは、「独身の日で、日本商品は人気なのですか」というものだ。
 
KOLは仕事なので当然、「日本の商品は品質が良くて、私も大好き。いつも使っています」と答える。その模範解答は、本当に正しいのだろうか? 中国爆買い銘柄を抱える日本メーカーの中国人社員は、「中国人が海外ブランドを好きなのは確かですが、日本商品だけが特別人気というわけではありませんね。ただ、距離も近いし、旅行で行く人が多いから、知名度が高いブランドは他国に比べて多いです」と話した。 今年のセールで1600元分買い物をした大学院生の楊暁琨さん(23)は、「化粧品は好きな日本ブランドがあるので、1000元分まとめて買った。他の洋服とか雑貨は、デザインで選んだので、どこの国かは気にしてないですね」と教えてくれた。 また、最近子どもが生まれた郭勇さん(37)は、夫婦ともに日本留学経験があり、「ベビー用品は安全第一だから、日本のを買いますね」という。
 
今年の独身の日のセールで、前年比431%の取引額を達成したインアゴーラは、フォロワー数の多いKOLに「鯖江メガネ」や「香料」など、日本の伝統技術を生かした商品をアピールしてもらった。とはいえ、売れ筋上位は衛生用品(歯磨き粉、コットン)、化粧品(シートマスク、保湿クリーム)などが並び、普段と大きな変化はなかったという。
 
中国人の購入意欲が高まる独身の日は、さまざまな商品をアピールする好機会ではあるものの、消費者の多くは、前から買いたかった商品が安くなるのを狙って、購入する。だから、日本商品なら花王など、普段から強いメーカーが独身の日も強さを発揮する。 商務部によると独身の日のセールのオンライン販売額のうち、越境EC輸入商品の売り上げは1割に相当する300億元超だった。国別では日本、米国、韓国、オーストラリア、ドイツの順に多く、日本の立ち位置は「全体の1割を占める輸入商品の中で一番人気」というのが、最も客観的な表現と言える。そして、メーカー別売上高を見ると、金額ではトップテンのうち6メーカー、数量では8メーカーが中国企業なので、ボリュームでは中国企業が圧倒的に強いことが分かる。
 
 

■実際は10月から始まっているセール

 

北京の地下鉄車両に掲示された蘇寧易購のセールの広告 セールは1日からだが、同社は10月中旬に特設サイトを立ち上げた

北京の地下鉄車両に掲示された蘇寧易購のセールの広告 セールは1日からだが、同社は10月中旬に特設サイトを立ち上げた

 

 

独身の日のセールは毎年、取引額の大きさが注目され、「1日の売り上げが楽天市場1年分」などと見出しが躍るが、そこには数字のマジックも存在していることも知っておきたい。 割引率が大きいセール品の多くは、キャンペーンが始まる10月中旬から11月10日までに予約販売が始まり、消費者は代金の一部をデポジットとして支払うことで、11日に注文が成立する仕組みになっている。 今年は11日午前0時に始まったセールで、開始2分後に取引額が100億元(約1600億円)に達し、日本でも大きく報じられたが、それらの数字には「事前予約していた商品の売買が成立した」ものがかなり含まれている。

 
中国は10月の小売業売上高の伸びも過去最低を記録し、国家統計局はその理由を「11月の独身の日を前に買い控えが起きた」と説明した。このことからも、独身の日の巨大な売上高が、前後の消費を吸収することで成立していると分かる。 商務部は今年の独身の日の取引額の増加分の多くが、3・4級都市と呼ばれる比較的小規模な都市と、1990年代以降に生まれた若者にもたらされたと説明した。
 
中国越境ECを検討するなら、アリババの電子掲示板に表示される数字だけに踊らされず、その背後にあるトレンドをきちんとつかみ、セールに頼らないブランド力の強化が必要だろう。
 
 

 

浦上 早苗浦上 早苗(Sanae Uragami)

 

大学卒業後、新聞記者12年半。その後、中国政府奨学金を取得し、2010年に中国・大連の博士課程に国費留学。現地の小学校に通う息子と留学生寮で二人暮らしを始める。
2012年から2016年まで少数民族向けの国立大学で日本語教師。

 

現在は中国語と英語の経済ニュース翻訳・編集、ライター。ニュース翻訳で中国全体の状況を把握しつつ、大学で中国学生のリアルな声を聴けるのが強み。

 


 

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