中国マーケティングラボ

【中国マーケット点描】「爆買い失速」は日本人サイドの視点。人民元換算では変化少なく

 

<新連載!>元中国国立大学日本語教師の翻訳ニュースライター 浦上早苗さんが、中国消費者のリアルから中国マーケットの今を浮き彫りにします!

 

【中国マーケット点描】「爆買い失速」は日本人サイドの視点。人民元換算では変化少なく

 

 

2015年の流行語にも選ばれた「爆買い」。この言葉は、中国でも広く知られた単語になった。

しかし、その勢いは長く続かず、翌2016年後半になるとメディアでは「爆買い失速」「爆買いが終わった」という記事が目に着き始めた。

 

観光庁の2016年訪日外国人消費動向調査によると、中国人観光客は日本旅行で1兆4754億円を使い、その額は外国人全体の39.4%を占めたという。一方で、1人当たりの消費額は前年同期比18.4%減の21万1504円となり、減少幅は全ての国と地域の中で最大となった。

爆買いの追い風に乗って、業績と店舗規模を急拡大してきた免税店大手のラオックスも、2016年12月期の売上高が大幅に減少し、純損益は赤字になった。

 

私は2010年から、年間の3分の2を中国・大連で、残りの期間を日本で過ごす生活を送っており、日本の企業や知人から翻訳の仕事を引き受けたり、中国ビジネスの相談に乗ることがある。2015年夏ごろからは、インバウンド関連の案件がひっきりなしに舞い込むようになった。地方都市の商業施設情報や、レストラン前に設置する看板・のぼりの翻訳も頼まれた。それまで観光と縁がない仕事をしていた人でも、突如登場した巨大な市場に何か絡めないかと考え始めたようだった。

最近は、そういった相談も来なくなった。旅行業界関係者からも、今後のインバウンドは、商品を買ってもらう「モノ消費」から、体験を楽しんでもらう「コト消費」を強化すべきとの意見が聞かれる。

 

しかし、爆買いは本当に終わったのか。私が実際に接触している中国人からは、そういった空気はほとんど感じない。

 

ここで改めて、観光庁の報告書を見てみたい。2015年の中国人旅行者1人当たりの消費額は28万3842円だったのが、翌2016年には21万1504円に大幅減少したとある。だが、その金額当年8月のレートで人民元に換算すると、2015年は1万4500元で2016年は約1万3900元となる。中国人目線に立てば、日本での消費額は5%も減っていないのだ。

 

「為替レート」は2国間を行き来する人の消費マインドを大きく左右するが、「爆買い失速」の議論は、この点にはあまり触れていない。

 

私が中国に住んでいた6年間で、元と円のレートはかなり変動した。

元が一番安かったときは、1元12円を切り、高かったときは、1元20円を超えた。

例えば、中国・大連―日本の航空金の往復チケットは、おおむね4000元前後だったが、円安のピーク時に買えば、円で8万円に換算され、逆に円高時だと4万8000円になる。

大連の五つ星ホテルは1泊1000元前後だった。これも、円安だと2万円だが、円高局面では1万2000円と、日本人から見て割安感が強まることが分かるだろう。

 

自国の通貨を滞在先の通貨に両替して買い物をする外国人は、海外で商品の値段を見ると、自国通貨に換算し、安いか高いかを考える。私も中国人の友人に、「資生堂のファンデーションは、日本ではいくら?」と尋ねられたら、その時のレートで人民元に換算して答える。日本円で回答しても、「つまり何元?」と聞き直されるからだ。

 

家電量販店前で休憩する中国人ツアー客、2015年筆者撮影、福岡市

私が中国で暮らしていた6年間で、一番日本円が安かったのが、2015年だった。

 

日銀の黒田東彦総裁が2013年に「バズーカ砲」と呼ばれる金融緩和を実施し、円安が一気に進んだ。

これは中国人にとって、日本旅行に関するあらゆる費用が、急激に安くなるのと同じことだった。

旅行だけでなく、日本留学の費用も元換算だと2割くらい下がり、私の勤め先の大学では、私費留学する学生が急増した。

 

 

当時、私は2カ月に1度日本に帰国していた。収入の大半を中国元で得ていたため、日本での買い物も、中国人と同じように元に換算して考えるようになっていた。そうすると、ブランド品や電化製品だけでなく、日用品でさえも、日本で買った方が割安だと気付いた。

例えば100円ショップの商品は、1元=20円という最も円安だった時期には、5元そこそこと換算される。サランラップなどのキッチン小物や、トイレの掃除道具など、百均で売られている商品は、中国のスーパーでは10元前後する。しかも品質は日本の百均の商品に及ばない。

 

だから私もあの頃は、日本への一時帰国中に爆買いしまくった。百均ショップでは、目についたものを5000円くらい買い込み、ドラッグストアでも予定していないものをかごに入れ、最後はスーツケースに入りきれず、泣く泣く実家に置いていったこともある。

 

身の回りの中国人も同じだった。ある教え子は、カメラを買うつもりで日本のビッグカメラに行き、掃除機をついでに買ってしまった。

50代の同僚は、夏休みの日本旅行で1万円台のロボット掃除機を購入した。その後、友達にも買ってあげようと思ったら止まらなくなり、結果、8台を購入。中国に帰国した際、空港の税関で引き留められたそうだ。

別の同僚も、日本に短期研修に行った際、予定外にロレックスを買ってしまった。この同僚は、「買わないという選択が、損した気持ちになる」と話していた。

 

2015年に日本を旅行した中国人の大半は、当初予定していた以上の買い物をしているはずだ。カメラを買いに量販店に入り、他の商品も安いと気付く。その場で買えなかったら翌日、時間の合間を縫って買いに走る。

2014年秋には免税対象が拡大され、免税に対応するドラッグストアや百貨店も増えた。その情報が徐々に中国人に広まり、爆買いを加速させた。

 

元高円安になれば、旅行の総費用が下がるため、買い物の予算が増える。それだけでなく、日本の商品が相対的に割安に感じるから、衝動買いも発生する。日本人があちこちで目撃した爆買いは、為替レートが生み出した衝動買いにも支えられていたのではないだろうか。

 

日本にいる日本人は、為替レートが旅行者の消費マインドにどれほど影響を及ぼすのかピンと来ないかもしれないが、ある程度の予算を決めて買い物に来ている旅行者にとっては、泊まるホテルや、買う商品の数、グレードを左右する大きな要素なのだ。

 

 

家電量販店前で休憩する中国人ツアー客、2015年筆者撮影、福岡市
家電量販店前で休憩する中国人ツアー客、2015年筆者撮影、福岡市

 

中国人向けインバウンドの取り組みとして、「コト消費」を強化することは間違いではない。日本の情報を入手し、旬の観光を楽しもうと動く中国人は増えている。私はこの冬、世界遺産の白川郷のライトアップ時期に旅行したいという中国人夫婦2組の要望を受け、バスツアーの手配などを手伝った。アニメが好きな若者は、声優や作品にゆかりのある場所を旅したりもしている。

 

それでも、大部分の中国人旅行者にとって、日本旅行の最大の目的は買い物だ。円安が一服し、中国人の財布のひもは以前より固くなっているかもしれないが、それでも彼らは旅行前にリサーチし、狙いをつけたものは買う。また、友達に頼んだり、越境ECを利用するなど、日本人の目に見えないところでの「爆買い」は続いている。

今後、円安が進むことがあれば、また、そのタイミングが中国の連休と重なれば、2015年のような百貨店や家電量販店での爆買いは再び盛り返すだろう。

 

中国人に物やサービスを売りたい日本人は、彼らが何を、どのような基準で買うのか分析し、仕込みをしておかなければならない。

 

   


浦上 早苗浦上 早苗(Sanae Uragami)

大学卒業後、新聞記者12年半。その後、中国政府奨学金を取得し、2010年に中国・大連の博士課程に国費留学。現地の小学校に通う息子と留学生寮で二人暮らしを始める。
2012年から2016年まで少数民族向けの国立大学で日本語教師。

現在は中国語と英語の経済ニュース翻訳・編集、ライター。ニュース翻訳で中国全体の状況を把握しつつ、大学で中国学生のリアルな声を聴けるのが強み。


 

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